今回はちひろのイベント紹介 あれこれイベントをやりたい。 そんな気持ちでいたにもかかわらず、私事の事件でアップアップ。 「ホームページが動かないぞ!」のお叱りの声にあせりながら、桜の開花を通り過ぎ、 気がつけば木々の色づく季節になってしまいました。というわけで、今お店ではワインイベントの準備中。 乞う,ご期待なのです。 しかしながらそれまでイベント頁はお休み というのもトホホ。なので 小さなイベント、私の旅、名づけて「コラソン(心)漫遊紀」でお茶をにごそうかと・・・・。 暑い夏の日、うだうだとテレビを見ていたら、突然「椿」が飛び込んできた。 椿といえば、伊豆大島の“あんこ椿”で知られる可憐な花。 祖母は「首からポトリと落ちるから病気見舞いに持って行っちゃダメよ」といった。 花弁が肉厚で鮮やかな赤と黄色なので、幼い頃の庭先でのままごと遊びでは、刺身と卵焼きとして気に入っていた。 しかし、じつはとても苦い。 私にとって、そんな花の印象は可もなく不可もなし(わびすけは大々好きだが)。 その花に心が動いた。目を見張った。 ある寺社の奥座敷だろうか。百畳ほどもある大広間を囲う襖に向かって、黒セーターの男が描き続ける 真っ赤な椿の群生だった。 正しくは障壁画と呼ぶ襖絵では、緑なす葉の中に赤の椿が力強く自己主張している。 そればかりか、襖の枠をはみ出して欄間の上の白壁にまで及んで咲いている。 これまで京都の寺院などで、時代の有名絵師たちが描いた寅や鬼や馬の合戦風景といった、 緻密な中に怖いものを感じる器用さと根気強さの“日本人画”に出会った。 しかし、これは何だ。 その画家は長い釣り竿のようなものの先にペンテルを付けて、襖とは数メートルの間隔をおいて制作に挑んでいた。 ドキュメンタリーの説明によれば、昨年6月から制作を始めて、未だ完成していない。 現在14枚の襖に椿が咲いているのだそうだ。 番組の山場。床の間には有田焼の陶板画が貼られることになり、画家は悩む。 同様の色付いた椿にするか、青い線だけの“藍の椿”にするか。 「青」「青椿」と私は喚いた。 強く生きるものに憧れ、その力をエネルギーにしたい私。巨大キャンバスと化したこの場所に向かおう。 そこは“こんぴら舟々”の歌にある金毘羅宮の一角であった。 白書院と名付けられていた場所で、9月と10月に限って特別一般公開されるという。 息の切れる、本堂までの1000段の石段。 「ふう!」あと380段という所だったか。 一気に登ったとはいえ、乗馬で鍛えた私の足でも膝が笑いかけた頃、右手に入母屋造りのめざす建物があった。 恐れ多くも、ここには重要文化財の指定を受けている円山応挙の秀作を中心に、18世紀後半から明治までの画豪たちの作品が7部屋にわたって溢れていた。この表書院と呼ばれる部分は300年に及ぶ時空を持ち、それぞれの時代を担う絵師たちの姿を勢揃いさせているのだ。 ということは、白書院から椿書院へと改名された別棟で“平成の画家”は、歴史に怯まず連綿とした技に負けることなく、墨ではない現代の武器(?)ペンテルを使ったのか。 画題として慈しまれてきた富士や寅ではなく、本殿裏手に咲く椿こそが金毘羅だとしたのだろうか。 その気概に拍手を送り、平成の椿として未来までキリリと咲き続けてほしい。 ……とまあ、そんなわけで急遽、四国は香川に行った私。 今まで温めていたテーマ。讃岐うどんを食べる。イサム・ノグチ庭園に行く。金毘羅歌舞伎を見る。 すべて体験せずに東京に戻るわけにはいかない。
椿書院で売られている絵はがき 金刀比羅 新書院 画・田窪恭治(c) 2005 TAKUBO KYOJI 〒766-8501 香川県仲多度郡琴平町892-1
次回は、美味しい「さぬきうどん」見つけた!と、うどんの食べ方あれこれについて。
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